タクツァン僧院
2017年11月04日
ブンドラ僧院トレッキング・9~再訪2017年~
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先月10月下旬に訪れたトレッキングの様子をご紹介している続きで、今回で再訪シリーズは最終回です。ダイジェスト版で書いているのに、長くなってしまいました
テーマ別に書いた2014年の記事はこちらからどうぞ。
ブンドラ僧院トレッキング
1
2~キャンプ場~
3~動植物編~
4~夜明け~
5~タクツァン僧院の上には~
さて、1泊2日のトレッキング、早朝に4,000m付近まで歩いて上った後(14歳のJ君は早朝はテントのなかでスヤスヤ) 。
温かい朝をいただいた後は、パロ谷屈指の聖地タクツァン僧院を経由して下山を開始しました。この日の合計は、距離8km、標高差は1400m下がることになります。
昨日はほぼ上りでしたが、この日はほぼ下りになります。同じ標高でも山の稜線がはっきりと変わるのがわかるほど、山の雰囲気はがらりと変わります。私はここを通るたび、なんだかジュラシック・パークにいるような気分になるんですよね。枯れた木があるのは、ここがこの種類の木の森林限界点であることや、木の寿命などによるもの。
この辺りでは、落葉樹は少なく常緑樹の方が多いですが、松などの常緑樹も毎シーズンではないですが色が変わって葉が落ちていきます。
3500m近くまで下がってくると、
木々と一緒にサルオガセが共生していて、
本当にきれいね~歩きやすいし森は美しいし、歩いていて楽しいことこのうえなし。キャンプ地から下り始めて1時間ほどで、
ヨセガン寺が見えてきました。2014年に見た時に比べるとずいぶんきれいに修復されました(こちらと比較)。
その次に見えてきたのはウゲンツェモ寺。こちらも修復されました。そして途中のビューポイントから眺めてみると、タクツァン僧院のカフェテリアや駐車場がまだまだ遙か下に見えます。でも逆に言えば、いつもはタクツァン僧院にむかって上りはじめる駐車場から眺めているタクツァン僧院のさらに上に、まだまだこんなお寺が存在しているということです。
上りも辛いけど、下りも脚の筋力を使うので無理をしないように歩きます。ここから途中、ショートカットをするために岩肌の上を手すりを使って歩く場所を今回は選びましたが、冬場や雨の時期は滑るので危険ですのでガイドさんの指示に従って歩いてください。
丘の上に見えるサンドぺルリ宮殿と、岩場にあるスペースにある寺院。瞑想している方がいらっしゃるようです。
タクツァン僧院が見えてきました!この角度でみるのは、何度見ても新鮮です。
タクツァン僧院は崖の上にそびえるように建てられていますが、その岩山もいつもと裏側から見てみるとこんなに大きな岩山であることがわかります。こんなところによく建てたなぁ。
タクツァン僧院まではキャンプ地から約3時間半で到着。
やはりこのブンドラ僧院トレッキングの醍醐味は、キャンプ地の風景、途中の森の自然の美しさ、そしてなんといってもタクツァン僧院もいけるということにつきますね。人気のトレッキングルートになるならそれも本望。ハイカーが増えても美しい自然を残せるように、ごみを持ち帰ったりとお手伝いをしていきたいと思います。
また来るね。
そして14歳のJ君、このトレッキングを成し遂げたことはこの先、彼にとって大きな力になると思うとその笑顔を見て一緒に歩けて良かったなとしみじみ思いました。
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2016年05月22日
タクツァン僧院と本日の出来事
こんにちは。クズザンポラー。
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本日は久しぶりに、ブータン屈指の聖地・タクツァン僧院まで登って参拝をしてきました。タクツァン僧院のことは今までもたくさん書いてきましたが(※)、合計6~7時間かけて歩いて山道の往復をするのは疲れますが、やっぱり何度訪れても圧倒される存在感がありますし、ここが信仰を集めるのも納得する、パワースポットです。
何回訪れましたか?と聞かれることも良くあるのですが、数えていないのでよくわかりませんが、数十回は行きました。でも、不思議と飽きることはないのです。
今日は往路はかんかん照りの晴天、復路は遠くで雷がごろごろしているのが聞こえました。
途中までの登り部分はポニーでも行ける。その帰り道、人をのせていないポニーの手綱をひく少年。
第一展望台のカフェテリアまであと10分と言ったところのベンチで、おんぶされながら眠る少年。やっぱり、ブータン式のおんぶ(■)は見ていてかわいらしい。
今が最も暑いインドからも多くの人々が訪れていました。インド国籍の方は、ブータン旅行の際にはビザを取得する必要がないので、避暑地としてブータンは人気がありますね。今日は、100人以上のインド人にすれ違ったと思いますね。すごいっ
このあたりの石楠花は終わりかけでしたが、それでも時々花を咲かせている姿も見れました。
タクツァン僧院に入場することが目的ですが、その途中の風景にも癒されます。森林浴の気分です。
あ~やっぱりタクツァン僧院は、歩くのが大変だとしてもやっぱり行ってよかったな、と今回もいつものように思ったのです。
帰り道にパロの町を通り、コーヒーでも飲もうかなと立ち寄りましたが、昨日と今日の2日間は朝8時過ぎから午後5時過ぎまでメンテナンスのために、パロの町はどこも停電中!パロの町の商店でジェネレーターを持っている所はほぼないので、どのお店も電気はついていません。
あれ、、じゃあ・・・コーヒー屋さんは、インスタントコーヒーしか用意できないですよね。。。ブータンでのコーヒー=インスタントコーヒー、だったのですが、最近ではコーヒーマシーンを使って淹れるお店もできてきましたが、手作業でドリップをするお店はまだパロにはありません。
「え~じゃあ、他に何を飲もうかな」とブータンの友人に話すと、彼女が指を指して「あれは!?」と言いました。指差した先には、
トラックにぎっしり詰まれた箱。あれは、、、ブータン産のビール「ドゥック11000」です。すごい量で、なんだかパロの街並みと建築に溶け込んだこのビールの数が、なんだかおかしくなってしまいました(笑)
アルコール度数8%だしね!朝から歩いた後に、ドゥック11000を飲んだらそれでこの日が終わってしまいそうです。このビールは、最近は缶タイプも発売されています(詳しくは過去記事 ブータン産の缶ビールが発売開始!)
タクツァン僧院のハイキングで清々しい持ちになり、パロの街並みに溶け込んだビール山積みの様子に笑ってしまった一日でした。明日は、電力が通常運転してくれるといいな~
:僕も一生懸命、毎日少しは歩いているんですよ~
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2016年04月15日
ウィリアム王子とキャサリン妃がタクツァン僧院をご訪問
こんにちは。クズザンポラー。
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おととい、4月13日に西部ミャンマーで発生した地震の影響についてお伝えしましたが(マグニチュードは最終的にM6.9と測定)、翌日、日本でも熊本で地震が発生したと知り、心よりお見舞い申し上げます。今度の天候も気になりますが、避難されている方や被害にあわれた方が一日でも早く落ち着けるように、遠い土地からですがお祈りします。
こんな時にどんなことを書けばいいのかと迷いましたが、やはりブータンの日常をいつもの通りにお伝えしたいと思います。
本日、4月14日には英国のウィリアム王子とキャサリン妃がパロにあるブータン屈指の聖地・タクツァン僧院までハイキングをし、参拝されました。今日は、今まで私が春に訪れた時のタクツァン僧院の写真をご紹介しながら、書いていきますね。
昨日到着されたお二人ですが、到着後はティンプーへ向かい、ブータンの国王陛下とお妃さまにタシチョ・ゾンでお会いになられ、その後はブータンの伝統競技アーチェリーなどを楽しんだ様子が報道されています。英国とブータンの2組の王家のカップルが並んで撮影された写真は、年齢も近いこともあり、長年の親交を感じさせるような、そんな雰囲気があふれたものでした。衣装もとっても素敵で、ブータンのメディアだけでなく、英国やインドのメディアにもたくさんの写真が公開されています。
ブータン国王陛下ご夫妻も、英国に留学された経験もあり、皇太子もご誕生されたばかりですし、話題も尽きなそうですね。
私は昨日、タクツァン僧院の駐車場まで行く用事があったのですが、本日のご訪問のためにみんなで一生懸命お掃除していましたよ。
タクツァン僧院のハイキングは、駐車場から歩き始めて、人それぞれのペースによりますが合計5~7時間はかかります。ロープウェーや車道は無いですし、登りの途中半分・カフェテリアまではポニーを頼んで上ることもできますが、やはり苦労しても行ってよかった!と思うのがこのハイキングです。
観光の旅行の日程でも、初めての訪問であればタクツァン僧院へのハイキングはほとんどの日程に含まれていますが、何度行っても飽きることなく、訪問する度にその静かで厳かな雰囲気に圧倒される寺院の一つと感じるのは、きっと私だけではないハズ。
ブータンでは、グル・リンポチェが重要な信仰の対象ですが、彼は8世紀に初めて西ブータンに仏教を伝えにや
ってきた、と言われ、第二のお釈迦様と表現する人々も多いです。グル・リンポチェは、虎の背中に乗って飛んでブータンにやって来たと伝説では言われ、タクツァンとは『虎のねぐら』のこと。
ブータン屈指の聖地でありますが、歴史的や伝説ももちろんのこと、なんといってもそのロケーションがすごい。
よくこんな岩の上に寺院を作ったな~と訪れるたびに思います。ハイキング開始となる駐車場から歩いてすぐの開けた場所から見ると、
すご~く遠く感じるのですが、3~4時間歩くとちゃんと到着します。今の季節は、
大きな石楠花の木にも花が咲いて、華やかさになりますが、まわりの自然に溶け込んでいて主張しすぎていない美しさがあります。
タクツァン僧院に近づくと聞こえてくるのは、滝が流れる音、風の音、マニ車が水や風に揺れて奏でる鐘の音、参拝する人々の読経の声。それらが相乗効果でここが聖地であることを強く感じさせます。
私は鈍感な方なのですが、あ~パワースポットだな~と思わずにはいられない、そんな場所なのです。
地震や災害など、また個人的な出来事での心が落ち着かなくなる時は、タクツァン僧院の周辺にあるマイナスイオンがたくさん詰まって、ピースフルで清らかな空気が風にのって多くの人々の所に届いて欲しい、励みになるといいと、いつもここから願っています。
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2015年06月24日
ブータン巡礼の旅21~旅の終わりに~
こんにちは。クズザンポラー。
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
引き続き、今年1月中旬にインドのラダック僧パルダンさんと訪れた「ブータン巡礼の旅」のシリーズですが、今回が最終回になります。
最終目的地のパロに戻ってきても、精力的にお寺の観光(調査?)や書店周りを続けたパルダンさんですが、私の本拠地であるパロでは、どうしてもお願いしたいことがありました。
それは、私の同僚とスタッフにパルダンさんのお話をして欲しい、ということでした。
ここにも書いてきたように「ブータンとラダック」は同じチベット文化圏ですが、似て非なる部分もあり、そのような部分をブータンの若者たちにも知ってもらいたかった気持もあります。異文化?いや、名付けて親文化交流をしてもらいたかったのです。
それに何より、パルダンさんは現在も研究を続けている学僧であり、13歳の時にチベットのラサに渡り、スリランカ、インドで学び、長年レーの国立高等学校で教壇に立っていた、こんな経験をされた方のお話を聞く、気軽に話せるという機会はなかなかブータンでもないと思うのです。
こころよく快諾して下さったパルダンさんは、図像学の授業?やその他の質問タイムもたくさん時間を使ってくださいました。ブータンのドゥック・カギュ派と現在のダライ・ラマ14世を指導者とするゲルク派は、同じチベット仏教であり最終的に達するところは同じですが、その理論や解釈が聞きなれない部分もあり、若いブータンの人たちにとっては質問がいつまでも尽きませんでした。
そして、タクツァン僧院にも一緒に行きました。
奇しくもこの日は1月17日で、1995年に6434人の犠牲者を出した阪神・淡路大震災は、地震発生から今年で20年を迎えた日でした。
私はブータンに来てから、1月17日にタクツァン僧院に参拝したのはこれで2回目になります。特別にこの日を選んで行ったわけではないのですが不思議なことがあって、1回目はこの地震で息子さんを亡くされてしまったご夫妻と初対面でお会いしました(そのご夫妻はこの日、太陽の周りに輪が現れる日暈(ひがさ)を見ることができたのです。ブータンではとても縁起が良いことを表します。詳しくは過去記事のこちらへ)
そして、今回、ブータンのみんなとパルダンさんと参拝に来ることができたのでした。その時の1月17日の様子はすでに記事を書いているのですが(「今年もバターランプに想いをのせて」)、この日に阪神・淡路大震災の追悼とみんなの祈りを含めて、祈りの旗を掲げたのでした。
この時は新年もあけて間もなくだったのですが、昨年は、私の同僚やスタッフの間には少し苦しい状況が続いた年だったのです。
自分自身が大病を患ったり、子どもにハンディキャップが発生したことがわかったり、そして親を亡くしたり。
私のスタッフは20代~30代半ばまでの年齢の方が多いのですが、この年ですでに両親またはどちらかの親を亡くされている人も多く、病に対して何も治療をしてあげられなかったと悔いる人もいました。
祈りの旗は、掲げる前に祈りを込めます。まさに名前の通り、祈った旗なのです(お店で販売しているものはすでにお坊さんによって祈ってあるものもあります)。
何も言わなくても、「ここで旗を掲げたい」と言っただけでパルダンさんは読経をはじめてくれました。
読経の最後には、
お供え物としてお米を手に取り、天に向かって投げます。
どうか、辛い気持ちを抱えている人が手放すことができますように。
どうしても避けられない自然災害が起きてしまうときに、祈り、自分以外の誰かをことを思うことは、その人の心の支えとなる。「祈るだけで何も出来ない」ではなくて、祈ることから全てがはじまる、思い描くことが、その意識が行動に繋がっていくのだと気付きます。
そして、タクツァン僧院への参拝は続きます。
道中、ラダッキ達にも会い、彼ら達にも同じお話を2回ともしていたパルダンさん。お堂は修学旅行のような人数と大参拝になりました。
別の日には、パロ・ゾンや国立博物館でも特別授業を受けた私たち。
以前、このブログにはパルダンの言葉を書いたことがあります。
「信仰は何を選んでもいいし、どの宗教も願うのは世界の平和と人々の幸せです。ただ自分は仏教僧であるから、仏教を学び実践をしてきた。私の立場で、あなたや日本の人を見て想うことがあります」
「満たされることを知ることが大切です。物質的な充足だけでなく、精神的に発展し、心にゆとりを持つことが必要です。精神的に発展するためには、お釈迦様の教えを正しく実践することです。良い師を持ち、正しい教えを学び、自分の中でその教えを消化しなければいけません。自分自身で良いか悪いかを考え判断し、来世のことまで考えてから行動に移すこと。そして、これは世界を平和に導くことになります。」
今回、パルダンさんの姿を見て、その言葉の意味をまたしても知ることになったのです。
そして、何度でも何度でも本質がわかるまで質問を問うたり話したりすることは、それはまさに「師」の姿でありました。
誰かに教える、自分の知りうることを伝えていくことが使命であること、自分も常に学び続けていくことをやめないこと。そして、それが最終的には世界が平和になることであると唱えることができること。
覚悟を持ち、迷いのないことの強さを改めて知りました。
パルダンさんをブータンに招くことは、私がブータンで最も叶えたかったことのひとつ、といっても過言ではないくらいで、それが果たせてなんだか安心しました。
難しいことを言っているようで、実は私たちが小さいころから教えられてきたことを一つ一つ説いていたパルダンさん。嘘をつかない、約束はやぶらない、年上の方を尊敬する、悪魔の姿は実は自分のエゴの象徴、煩悩を断ち切るのは智慧、自然のエコロジーの大切さ、、、、ひとつひとつ噛みしめていきます。
今回はとっても長いシリーズでしたが、読んでくださった方、ありがとうございました。
:おつかれ~~
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2015年06月16日
ブータン巡礼の旅20~ラダッキたちも訪れる~
いつもブログをご覧いただき、ありがとうございます。
引き続き、今年1月中旬に訪れた「ブータン巡礼の旅」のシリーズをご紹介していますが、旅は後半になりパロへ戻ってきました。
この日はブータンでも屈指の聖地であるタクツァン僧院へ参拝へでかけました。今までにもタクツァン僧院のハイキングの様子はたびたびご紹介していますが、、、
歩き始めて数分で見えるこの風景、大きな岩の上の建つタクツァン僧院まで本当に歩くことができるのか、と不安になります。タクツァン僧院がどこにあるか、イメージができない方のために補足をしますと、
↑ 赤い矢印のところまで歩いていく、それがタクツァン僧院へのハイキングです。こう見ると果てしなく大変そうに見えるのですが、通常の体力がある方であれば、観光と昼食を含めて6~7時間で歩くことができます。
途中で疲れたな~と思うたびに、随所随所で僧院が見えるポイントがあって、
その姿に励まされて、ここまで登ってきたんだという実感とまだまだつかないなぁ~という2つの気持ちが交錯します。
しかし、パルダンさんの歩くスピードは速かった・・・・急いで歩いている感じはしないのですが、気を抜いているとどんどん距離ができてしまいます。とても74歳だとは思えない。。。。さすが、標高3,600mのラダックで暮らしていると心肺機能が高いのでしょうか。
第二展望台を過ぎたところで、賑やかな声が聞こえたので急いで追ってみると、
あれ!? パルダンさんが女性たちに囲まれている!!!! なぜだろう、と思って話を聞いてみると、彼女たちは、ラダックのニンムーの村からグループでブータンに巡礼に来たというのではありませんか。そして、彼女たちも若いころにパルダンさんの授業を受けたことがあり、まさかのブータンでの再開に驚き、おしゃべりに花を咲かせていたのでした。
ラダックの民族衣装とタクツァン僧院の組み合わせって新鮮~~、なんだか私も嬉しくなりました。
そして実は、私は同行しなかった昨日のティンプーの観光でタシチョ・ゾンにて、
すでに一度会っていたそうなのでした。
このシリーズの始めで少し触れましたが、
インド最北部のラダックは、かつてはチベット仏教を信仰する王国でしたが、19世紀にカシミールの藩王国に併合され、現在では州内の人口はイスラムやヒンドゥー教徒におされ、仏教徒の人口は減りつつあります。
州内ではイスラム色の強いウルドゥー語が話されたり、表示はインドの公用語ヒンドゥー語が使用されています。ブータンでは、看板などの表記には英語と共にゾンカ語で書かれ、寺院や仏塔、マニ車や経文旗などのたくさんの仏教のシンボルが当たり前のようにある風景は、ラダックの人から見るとそれは幸運なことであり、うらやましいと思うそうです。
私がラダックのスムル村に泊まった時、家庭内にある仏間にお礼としてブータンの5ヌルタム紙幣を渡すと、とても喜ばれたことを思い出しました。5ヌルタム紙幣にはタクツァン僧院がデザインされていて、聖地である場所と共にゾンカ語(表記はチベット語と同じ)で書かれたお金が発行されていることがスムル村の人たちが驚いて、持っているだけの5ヌルタムを交換してと囲まれたことを思い出します。
この日は、私とブータン人あわせて12人のグループでパルダンさんと歩いていたのですが、最終的にラダックのこのグループもところどころで合流し、
ラダッキとタクツァン僧院を巡礼~~
すごいすごい~ 恐らく、こんな機会はめったいにない!
ラダックからブータンにはバス一台で何か月もかけてやってきたそうです。ラダックからインドのデリーに出るのだって何日もかかります。それにラダックから出るのだって一苦労で、冬になり峠が閉ざされる数か月前から計画をして先にバスを送り、そこから移動をしているため、そうとうな距離を動いているはずです。
何か月もかけて参拝をする、まさに巡礼の旅ですね。インド内の仏跡や聖地を巡り、ブータンまでやってきたそうです。
タクツァン僧院の内部に行くと、ラダッキのみなさんも一緒にパルダンさんと歩きます。お堂がめいいっぱいになってしまうことに気付いた僧院の管理人の方が、特別なお部屋を用意してくださいました。
パルダンさんは、ブータンのガイドさんに聞いた話や壁画に描かれている内容や法話をまずは私たちに英語で話し、同じ内容を一緒についてきてくれたラダッキ達にもラダックの言葉で全てお話をされ、みんな真剣に聞いていました。
ラダックの人たちは誰一人ともパルダンさんに「お話をしてください」とは言いませんでしたが、自然とみんなが集まり、それにともないお話をするという流れでした。考えてみるときっと、これがいつも日常的に行っていることなんですね。
改めてお坊さんが説法をされるとはこういうことなのだと、その姿に姿勢を正す思いでした。
ラダックのニンムー村に帰ってからブータンの旅の思い出をみんなで楽しくおしゃべりしてくれたらいいなぁ、
ブータンの人にもラダックの美しい風景を見てもらいたいなぁ、と思いました。
ジュレー!
続きます。
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